福州と泉州

 長くなりましたが、今回で最後にします。*1
 中国なのにやたらちっこい遺跡やどぶ川ばかり見せられてもつまらないでしょうし、今度はもっと普通っぽいのをいくつか。


福州

大ガジュマル

 多くのガジュマルが植えられているため、福州はガジュマルを意味する「榕樹」から名を取って別名「榕城」とも言われる。
 その中で特に有名なのが、福州の国家級森林公園の中にある樹齢千年を越す大ガジュマル。

 沖縄にも名護市にヒンプン*2ガジュマルと言う有名な古木があるが、樹齢と言い、その堂々たる姿と言い、福州のこのガジュマルには及ばないだろう。
 周りに木がないのに、リスが樹上を走り回っているのが印象的だった。リスにとってはすでにこのガジュマル一本だけで一つの森林なのかもしれない。


行き方
 市内バスで「森林公園」下車。


閩江
 福州の大河・閩江。この河が、泉州に代わって福州を海外貿易の拠点にした。


三坊六巷 

 明清時代の古い街並みが楽しめる通り。昔から多くの文人が好んで住んでいた風流な通りである。もっとも元々の街並みがそのまま残っているというよりは、福州の観光地として近年になって整理されたものらしい。
 それでも民芸品や福州伝統の小食などの店が並んでいて、浅草の横丁のような雰囲気が楽しめる。特に福州名物の老舗料理店「永和魚丸」「同利肉餡」などの店が人気。この2店の小食は福州に来たら、ぜひ食べておきたいと評判。
 ちなみに店が並んでいるのは表通りで、路地裏はこんなふうになっている。実はこの通りに日中戦争時代の中共の華南地方における軍である新四軍の当時の事務所がある。

新四軍福州事務所跡



泉州

 イスラーム教徒聖墓
 
 泉州にやって来てこの地でなくなったイスラーム教徒のためのお墓。山一つが墓苑になっていて、多くのお墓がある。

 ここには、三賢人と呼ばれる有名なイスラーム教徒のお墓もある。明の時代、イスラーム教徒であり、宦官でもあった鄭和は、朝廷の命で大航海に出発する前、ここに来て航海の無事を祈ったという。鄭和の大船団は、ヨーロッパが大航海時代に入るより前にアフリカ大陸にまで達した。

 三賢人の墓、鄭和が航海前に祈願を行った場所
 

関帝廟

 中国のどこにでもある関帝廟泉州にもあります。

 失礼して、中の様子を・・・・・・。

 ・・・・・・すごい熱気。みな、一心不乱に何を祈るのか?


福建料理・「仏跳壁」

 「仏跳壁」は福建一の名物料理。「福建に行って仏跳壁を食べないのは、北京に行って北京ダックを食べないのと同じだ」と言われているようだ。
 私も『美味しんぼ』で紹介されていて印象に残っていた。なんでも、あまりのおいしさに修行中のお坊さんも寺の壁を飛び越えて食べに来ることからこの名前がついたとか。
 わかりやすく言うと、さまざまな野菜,肉,魚介類を使った『中華風おでん』とも言うべきもの。もちろん『おでん』よりずっとうまい、わりと日本人好みの味でもある。
 ただ、材料に鳥の足とか使われているのでそういうのがだめな人は注意が必要。


福建のお茶

 福建は実は中国でも有数のお茶の産地である。
 緑茶では「永春佛手」という銘柄が特においしかったが、福建と言えば鉄観音茶と烏龍茶が特に有名らしい。
 福建の烏龍茶には「水仙」や「金桂」など多くの銘柄があるが、中でもダントツで有名かつ価値が高いのが「大紅袍」だ。

 こういう有名な特産の例にもれずこの茶にも伝説がある。
 ・・・昔、地方から状元*3の試験を受けに言った若者が、福建の武夷山の付近で病に倒れた。しかし地元民からもらった不思議な茶を飲むと快癒し、試験にも合格した。翌年、皇帝が重い病にかかり、若者は皇帝のためあの茶を手に入れるべく、武夷山に入る。すると不思議な紅い光を発する茶木を見つけ、そこから取った茶で皇帝の病気も快癒した。以来、武夷山にあるこの茶木から取れる茶葉は「大紅袍」と呼ばれ珍重されるようになった・・・。

 「大紅袍」は武夷山にある数本の茶木からしか産出されない。かつてはおそらく皇帝や皇太子レベルの人間しか口にできない幻の茶であった。現代でもこの「大紅袍」の茶木はたった4本しか残っておらず、この母木から産出される茶を飲めるのは限られた人間だけだという。
 しかし、近年研究によって接ぎ木栽培が可能になり、現在市場に出回っているのは接ぎ木によって生まれた第二・第三世代の「大紅袍」である。
 これもそれなりの質のものを買えば、充分に良質なお勧めのお茶である。

*1:でも琉球と中国の研究は今後も細々とやります

*2:魔よけとして家の門の所に立てる壁を「ヒンプン」と言い、道の真ん中に立つガジュマルをそれに見立てている

*3:武人になって朝廷に仕えるための国家試験